ロータリークラブってどんなとこ?実際、誰が、どんなことをやっているのだろうか?ちょっとベールに包まれた感のあるロータリークラブの活動について皆さんに少しでも知ってもらいたく、現役のロータリークラブメンバーを直撃取材しました。第2弾は、「ロータリークラブに入って変わっこと」と題して入会のきっかけや、ロータリークラブで得たもの、などについてお話を伺いました。
今回インタビューに応えていただいたのは、クレーン工事業会社社長の板津和博氏。本社事務所前には巨大なクレーン車が停まっていて、そのスケール感もさることながら、独特のフォルムに思わず見入ってしまった。
——— 早速ですが、あまロータリークラブへ入会したきっかけについて教えてください。
最初は、当時のあまロータリークラブ会長の髙山さんと、夜間友愛例会(ロータリークラブの親睦会)に出くわしたことから始まるんだけど、僕は別の会の下見でその会場に来ていて、髙山さんとばったり会ってしまった。
——— 髙山さんとは、顔見知りだったのですか?
そもそも髙山さんとは、仕事でつながりがあって、以前から面識があったんだ。
——— そうだったんですね。しかし、偶然にもあまロータリークラブの集いに出くわすなんて、運命を感じちゃいますね。
そうだよね。でも今改めて振り返ってみると、髙山さんの戦略だったかもしれないな(笑)
——— ひょっとして、その夜間友愛例会で入会を決めたのですか?
いやいや、その時は、あまロータリークラブのメンバーと一緒に食事をすることになっただけで、入会どうこうと言う話にはならなかった。ただ、髙山さんが、冗談交じりに「いずれ、板津くんは、あまロータリークラブへ入ってくれるから」って言うもんだからドキッとしたのは今もよく覚えてる。「あまロータリークラブの雰囲気を感じてくれればそれでいいから」って言っわれてね。その場はそれでお開き。
——— あまロータリークラブの雰囲気ってどんなものだったんですか?
いや、それが想像していたものとは全然違ったんだ。
——— どんな想像をされていたんですか?(笑)
ロータリークラブって言うと、偉い人ばっかりで高嶺の花というイメージを持っていた。でも実際は全然そうじゃなくて、すごくアットホームな感じ。これは入会してから知ったことなんだけど、あまロータリークラブには設立当初から受け継いでいる言葉があって、それは「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」だった。自分は変に気にしていたけど、会社の規模がどうとかこうとかじゃなくて、一人の人として、仲間として、同志として、みんな向き合ってる感じだった。
——— それから何らかのアプローチがあったのですか?
ところがね、その後、特に何の連絡もなく半年が過ぎたんだ。放置されたんだよ(笑)。だから自分は、落選?(笑)したんだと思ったね。でも同時に安堵感もあった。ところがある日、髙山さんと、当時の幹事の東海さんがうちの会社にやってきて、開口一番、「板津くん、あまロータリークラブへ入りゃあ」と、あっけらかんと言われて。「ロータリークラブには、簡単には入れないんだよ。全員の賛成が必要で、君は選ばれた人なんだ」って。
——— そこまで言われたら入会するしかないですよね?
それがね、当時、リーマンショック直後に社長を交代して5年が過ぎた時で、色々悩みもあって。この会社の前経営者でもあった自分の父親が直前に亡くなった時でもあったから「じゃあ入ります」って即決っていうことにはならなかった。
——— 大変な時だったんですね。
本当に辛い時だった。今思い返してみると、入会を断る理由はたくさんあったな(笑)
——— でも断らなかった。なぜですか?
僕も経営者として本当に忙しい毎日を送っていた。リーマンショックから5年が経過していて、課題は山積み。そんな中で、社長業もやらなければならない、ロータリークラブの活動もやらなければならない、なんてことを考えたら誰しも不安に思うよね。やっていけるのかって。でも、髙山さんに、「あまロータリークラブには、同じような壁に直面した人たちが大勢いるし、ロータリークラブにいるだけで、人として学ぶことがたくさんある」と、「ここは人生道場なんだ」って言われてね。
そうそう、「入会すれば80人の友達ができるんだよ」、「板津くんの今の歳で友達80人できる?」って、そうも言われたね。
——— 友達80人ですか?
当時、仕事に忙殺される毎日の中で、ふと、このまま仕事をし続けて引退した後に、自分は一人ぼっちになってしまうんじゃなかいと思っていた時だった。このままじゃ、自分は裸の王様になっちゃうんじゃないかって。社長って孤独じゃないですか。社員とは友達になれないし(笑)。だから、友達80人ってのは当時の僕には殺し文句だったな(笑)。不思議なんだけど、あまロータリークラブに入ってから、しばらくして昔の友達から連絡が入るようになって、旧友ともチョクチョク会うようになった。今じゃ、ロータリークラブのメンバーだけじゃなくて、古い友人とも飲んだり、遊んだりするようになったんだよ。
——— 古い友人とは疎遠になっていたのになぜ???
自分の中で何かが変わったのかな。おそらく、当時の自分は外との関係を遮断してしまっていたというか、忙しさが前面に出ちゃって、声をかけにくい何かオーラが出ていたんじゃないだろうかな。それが、あまロータリークラブへ入会したことで変わった。いいサイクルに変わったというのかな。
——— 仕事人間から脱却できたんですね?
良い意味でね。ただロータリークラブは、職業を通じて奉仕をする、ということが大前提としてあるので、仕事もこれまで通りしっかりやったよ。ロータリークラブの活動を優先させて、自分の仕事をおろそかにしてはいけない、という教えがあるからね。
——— 実際にあまロタリークラブに入会して、事業との両立は難しくなかったのですか?
あまロータリークラブの例会は、月曜日の12:30分から1時間あって、それには原則的に出席しないといけない。だから、これまで通り同じ調子でやっていたら、あまロータリークラブの活動はできるはずなかった。
——— では何か工夫されたということでね?
僕は何でもかんでも自分でやらないと気が済まない性格だから、あまロータリークラブに入る前は社長業をやりながらも、営業もやったし、そのほかの仕事も精力的にやっていた。というか、口出ししていた。タオル一つ自分で決めないと気が済まない性分だったから。「お前何この色のタオル買ってきてるんだっ!」とかいちち口出していた(笑)
その俺が、社員に仕事を任せるようになった。結果的にそれが良かった。あのまま自分で何でもかんでも抱えていたら、今この会社はないし、社員も成長しなかったと思う。そういう意味でも、寛容な精神が身についた?(笑)と言えるのかもな。
——— ロータリークラブに入会して得られたものは何かありましたか?
ロータリークラブに入会する前は、会社や自分のことで精一杯で、社会貢献ということに対して深く考えることはなかった。それが、ロータリークラブの活動を続ける中で、自分も職業(仕事)を通じて社会へ恩返ししないといけないのかな、と考えるようになった。会社も自分もこれまで社会に育てられてきた。その社会に対して自分は何ができるんだろう、そう考えるようになった。
——— 心境の変化があったんですね。
ロータリークラブって、能動的なんだよね。これをやってください。次はこれです、といった風に与えられてやるものじゃない。この世の中に対して自分は何ができるのか、それを見つけて実践する、これこそがロータリークラブの活動の原点。ロータリークラブって、そうゆう機会が得られる「場」とも言えるんだよな。
——— ロータリークラブへの入会を検討している人に向けて何か一言お願いします。
早く入った方が良い(笑)。誘われて入るのもいいし、自分で飛び込んでみるのもいい。でも、誘われたならすぐ入るべき。もう少し考えさせて、もう少し待って、とかいう人いるんだけど、まず入ってみて、自分で感じてみるのがいいと思う。食わず嫌いじゃないけど、入会して、実際にやってみて初めてロータリークラブの素晴らしさに気がつくはずだから。やってみなければわからないでしょ?躊躇する前に、まずやってみよう!そう言いたい。
——— 経営者としての目標をお聞かせください。
従業員と従業員の家族が幸せだと、思ってもらえるような会社にしたい。ここで働いて、給料を得て、それだけじゃなくて、充実した人生を送ってもらえれば本望。実はロータリークラブに入って、従業員の幸せを願うこと、それを実現させることは、自分が職業を通じてまずはできることなんだと気がついた。これが自分の職業奉仕なんだって。
——— 答えは、意外と足元に落ちている?
そう。大それたことはできないかもしれない。でも、身近なこと、自分ができることをまずは実践する。それが大事なんだと思う。あとは、うちの会社も創業から50年を超えたので、次は100周年を迎えられるようにしたい。
プロフィール
板津和博(いたづかずひろ)
丸正クレーン作業株式会社
代表取締役社長
丸正クレーン作業株式会社は、各種クレーン作業、重量物運搬据付、重量鉄骨工事、鳶工事、足場組立から解体など、クレーンからその前後する工程の作業全般を請け負っている。特殊クレーンも含め50台超のさまざまなクレーンを保有し、創業以来培ってきたクレーンオペレーターの技術向上に余念がない。
インタビュー & 写真 :矢野健一郎